進化言語学の構築 第八章要約
言語の進化=生き方の進化という観点から
内田亮子
現存の言語が人間特有のものであるが、シンボル思考といった認知的機能の起源については議論の余地あり。
まずは、一体どこらへんで人間が言語を取得したのか、その時期について迫る。
直立二足歩行が初めて地球に現われてからいくつかの猿人やらなんやらが出てきた。
哺乳類の中で脳が拡大した系統に霊長類が含まれる。
脳が拡大したことで『社会的関係性』をもつことができた(つまりイエの文化ができた? むしろイエの集まりである集落の文化と言うべきか?)
脳がでかくなったので複雑なコミュニケーションが可能となった。
情報伝達能力や、騙し合いといったもののような。
※人が或る程度の社会関係を築ける集団規模はおおよそ150人(要検討)。
(自分の仮説)→それでは、脳がでかくなったから、言語を取得することができた……ということなのだろうか?
人類とその他大型類人との比較を行ってみる。
脳の容量変化
ホモサピエンス→赤ん坊の脳みそは成人すると三倍に拡大。摂取カロリーの20%を消費するくらいにでかくなるので効果的な食料獲得と準備が必要だった。さらに子育ても必要となり、それが『火』を産んだ一因になったのでは?(クッキング仮説)
それ以外→二倍程度の拡大。
歯の成長
ホモサピエンス→他猿人に比べ永久歯が生えるのが遅い。なぜなら親に依存しているから。
脳の成長の仕方
ホモ→生後一年間で頭頂葉と側等葉と小脳部位の拡張。より球体に近い。これらの部位は『感覚情報の結合や重要な認知機能』との関連性が『非常に大きい』。これは他の猿人とは一線を化す違いである。
音声コミュニケーションの違い
ホモ→喉頭は他猿人よりも低い。そのため食料を飲んだり食べたりしながら呼吸をすることが出来ない、という欠点を持った。代わりに、舌の可動域が広がり、声道の形が長くなり、フォルマントの変異性が拡大。その結果、他猿人にはない母音の数が増えた。
※声帯について
たとえば「あ い う え お」と声に出すとき、自然と舌が動いている。この舌の動かし方こそが、声道の変化である。先に言った「フォルマントの変異性」とはすなわち、このような自在な舌の動かし方を実現できたから、母音の音が増えたのである。
また、人間は『息を吸いながら言葉を発することができない』。息を吐きながらでしか言葉を発することが出来ないのだ(他霊長類では吸気により音声を出せる)。
ヒトは連続した音を連続かつ高速で生成することが出来る。それを実現できたのは、『呼吸のコントロール』に他ならない(胸部神経系の繊細なコントロール)。
この舌の変化やコントロールの技術を一体いつ身に付けたのか? これは未だに分かっていない。ただ、二足歩行になったあたりでそういうのが身に付いたんじゃないか説はそれなりにある。
○霊長類の社会性とコミュニケーション
旧世界猿一般は、音声によって血縁関係や種族、所属する集団、および個体の特定を関連付けることができていた。この関連付ける能力が、後の言語習得につながったのではないか。
声の大きさの違いによる役割の違い
大きな声、遠くまで聞こえる長距離→互いの距離調整として戦略的行為
→敵意とかそういうモノなのだろうか? 闘争目的?
小さくて内密な声→毛つぐろいの社会的機能
→愛情とかそういう感情? 穏和で集団メンバーを団結させる意図?
(自分の仮説)→脳は社会的要素をふんだんに詰め込んだものであったのではないか。
そして、その社会という集団を強固とするために、言語が生まれたのではないか?
「おしゃべり起源説」
近距離にいる個体間での社会情報交換手段を反映した、進んだ音声コミュニケーションを、言語の始まりであるとする説。
ヒトが進化するにつれて社会の関係性を持つようになり、それに派生する形で言語が生まれたのではないか。つまり、社会の構築こそが言語習得のカギとなった。ということ。
言語の特徴として、個体間の複雑な関係性や記憶を関連するというものがある(再帰性)。
社会的認知機能と共同育児説
低レベルのコミュニケーションなら猿人でもできるが、高レベルとなると人間が一枚上手。
このヒト固有の「社会的認知能力の理解」こそが、言語進化研究に欠かせないものである。
他者の模倣について。チンパンジーは上の立場の者の行動を真似したりする。ヒト、とくに赤ん坊では過度な模倣が顕著。
ヒト独特の脳の発達には、他から受ける食料分配における協力関係(つまり社会)を抜きにして得ることはできない。また、大きい社会であればあるほど、技術を伝承しやすい(間違った伝承を素早く修正することができるから)
まとめ
言語の起源はつまるところ、社会の創出ならびに成長によって生まれたものであると考えられる。だから、ヒトがどのようにして集団生活を送ってきたか、という歴史的研究・フィールド調査が非常に重要になるのである。言語だけやってもとてもではないが起源に辿りつけるものではない。